日々のしおり

東洋医学の考え方を、生活感覚にマッチして健康的に過ごせる目線で書いてます。すべてはバラバラではなく、繋がっている。全体性を大切にした治療を行っています。一の会鍼灸院、院長 金澤 秀光過去のブログ記事はこちらへ→http://iori-hermitage.sblo.jp/

よみがえる?記憶

 これまで何度も、折に触れて自分自身やこれまでの人生の流れを振り返っていました。

 今回も命にかかわるようなことを起こしてしまったのですから、何度も何度もなぞるようにこれまでの人生の流れを振り返ってます。

 その振り返りを、こうしてランダムに書いてるのですが、こんなこと書いて良いのかなって正直なところ思います。

 というのは、起きたことが本当かどうか、その背景も含めてちゃんと立証することが出来ないからです。

 ここ最近書いてることは、筆者の内面でリアルに観たり感じたことですので、実際は空想、幻想、幻聴かもしれませんので、その辺りは読者諸氏にお任せしたいと思います。

 

 さて39歳の時は20日間入院し、自宅では30日ほど療養してたのですが、まだちょっと意識状態がおかしいまま臨床を始めたのですね。

 

 ところが! です。

 筆者にとってはショッキングなことが立て続けに起きたのですねぇ。

 今になって思えば、これからの治療?の導線の始まりだったかもしれないなぁと、思わないでもないのです。

 地獄の鬼、やってましたしねっ。(*^-^*)

 

 当時20代の女性でしたが、置鍼(鍼をしばらく刺したままにしておくこと)してましたら、なにやら声がするのでベットサイドに行ったのですね。

 

 すると! です。

 うめいているのです💦

 

 あわててその女性の名を呼ぶと、

 「わたし、S子。わたし、もうすぐ死ぬの」って言うではありませんか。

 S子ってだれやねん!? あんたはA子さんでしょうがっ!

って、そらそらびっくりしてると、急にのけぞってガックリ脱力してそのままベットの上で死んだようになったのです。

 

 筆者、そら、心臓バクバクでえらい驚きまして、急いで脈を取るとちゃんと拍ってる。

 ハァ~… (*_*;

 

 しばらくすると意識が戻って来て、その女性が言うのには過去世を観ていたというではありませんか。

 

 筆者は再び、ハアッ? ってな感じ。

 

 この女性の話によると、なんでも、戦争に行ったお父さんを迎えにお母さんは港に行ったので、私はおばあちゃんの家に預けられてたそうです。

 舞台は日本で、時代は太平洋戦争時です。

 その間に病気になって、おばあさんに看取られて亡くなったと、その時の情景を詳しく交えながら話してくれるのです。

 

 さらにその女性、今世、子供の頃に親に叱られると、その都度「本当のお家に帰りたいよぉ」と言って泣いていたそうです。

 そしてその度親に「あんたのお家は、ここでしょうがっ!」ってダブルで叱られてたことの意味が、やっと分かりましたと言い放つのですよ。

 もう自己完結して、さっさと受診必要なくなりました。

 今以て、よくわからん事態でした。

 

 強烈なの、他にもありますよ、立て続けに起きましたので。

 病弱な既婚女性でしたが、鍼をして良い感じになったので、「はい、今日はこれまでです」って、ベットサイドを離れると、ドスンって音がするじゃないですか。

 驚いて駆けつけると倒れられてまして、ご本人は「めまいがしまして…」って言うものですから、とにかく起こそうとして手を差し伸べると振り払うではありませんか。

 もう一度診察しようと思ったのですが、そのまま帰りますとおっしゃって、ヨロヨロしながら一緒に来られてた家人に抱きかかえられるようにして帰って行かれたのですね。

 これ、治療家の方なら分かってもらえると思うのですが、筆者、えらい後味悪いといいますか、気分悪かったですよぉ~。

 それに一体全体、何が起きたのか分からないしね。

 

 で、しばらくしてまた予約の電話が入りまして、筆者は、あんなことがあったのにいらっしゃるんだ~って思ったのです。

 そら思うでしょう。(@_@)

 そして来院されて、前回の治療後に起きたことを語ってくださったのですね。

 

 わたし、小学生の高学年の時、満月の夜に強姦されてました、って。

 ('_')!!! って感じでした。

 

 前回の治療直後に、映像とともにリアルに痛みを伴った身体感覚に襲われたそうです。

 それまでは、このようなこと全く記憶になかったといいます。

 ただ性関係が持てないのは、なんでだろうとご自身で思っておられたのだそうです。

 

 それでまた鍼したわけですが、治療後また倒れられ、全く同じように筆者の手を振り払って家人に抱きかかえられるようにして帰られたのですねぇ💦

 

 筆者からしたら、今回は何が起きたねん! って感じです。

 それにしても治療後に倒れられるって、相当気分悪いですよっ。

 

 で、次も治療にお見えになられて、治療後、強姦した相手の顔がはっきりと見えてしまったとおっしゃるんですね。

 その相手は、だれか!

 非常にショッキングな人だった、とだけ書いておきます。

 このご婦人、初めて筆者を見たときに「なんか、やばそう…」って感じられたそうです。

 が、なにがやばかったのでしょうねぇ、突っ込んで聞きませんでしたが…

 ひょっとして、筆者の中の鬼が観えてたのかもしれませんねぇ。💦

 

 それ以降、筆者の意識が普通?になるにつれて、このような現象はほとんどというか、全く生じなくなりましたね。

 それに第一、こんなこと日常ではほとんど忘れていましたし。

 ですのでこれをご覧くださってるみなさま、どうぞ安心してお越しくださいね。(笑)

 

 まあ、他にもいろいろ起きましたが、筆者にとってこの2例が2大ショッキングな出来事として強く記憶に残っています。

 もうこうなってくるとねぇ、過去世とか霊界とか神仏とかって、避けて通る訳にはいかないじゃないですか。

 それにねっ、

 自分がなんで臨死体験までしてしまったのかという訳も知りたいし、

 それに「なにしにこの世に降りてきたのか」

 あの時語りかけてきた女性は誰なのかも、自分では放ってはおけない一大事の問題となってしまってますから。

 過去ブログ 単なる夢じゃなかったんだ!!

 

 ところであの時の謎の女性。

 とびっきり優しかったのですよぉ。

 姿は見えなかったけど、きっと美人だったに違いない!
 バカでしょう、男って大体こんなもんですよ、って筆者だけでしょうかねぇ💦

 ついフラフラと、お言葉に甘えて、よくぞ行かなかったもんです。(笑)

 また書きますね。

 つづく…

 

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地獄の鬼

 前回の続きを書こうと思ってたのですが、臨死体験後にはいろんなことがありすぎて、何から書こうかと…

 もう、オチを気にせず思いつくまま書き散らします。(笑)

 

 当時不思議だったことが、20年という年月を経てようやく分かりかけてきたこともあり、未だに分からないこともあります。

 臨死体験後に実家に帰って来て、しばらく自宅で療養してたのですが、金縛りには会うわ、目を閉じてるのに周りが見えるわ、なんやしらん声が聞こえるわで、しばらく異変が続いてたので、こりゃ仕事できないわと思っていたのですね。

 これって、統合失調の症状と似てますよねぇ。びょうきですよねぇ~(笑)

 今は、見えない・聞こえない・感じない…(霊的なものはですよっ)もう、ふつ~に戻ってますよ。(笑)

 これはこれで、元に戻った理由があるのですが、また書きますね。

 

 ところで筆者、地獄で鬼やってました。💦

 って、気が付いたのはごく最近です。

 

 臨死体験後、自宅での療養中、例によって鮮明でべらぼうに速い映像を、またしても観ていたのですね。

 その映像というのは、人のあさましいところや醜いところばかり見せられるのです。

 観終わると、またしても声が聞こえまして、

 「世の中の人間は、みんなこんなんやのに、なんでお前がせなあかんねん」

って言うではありませんか。

 なっ、なんの話やねん… おれが何するっちゅうねんな… (~_~メ)

 自分のことなのに、自分の知らないところで何かが始まってる…

 気持ち悪いと思いませんか?

 

 それでね、なんのこっちゃさっぱりわからんのに、ハッと気が付くと隣にバカデカイ男が横たわってるではありませんか。

 その男が、筆者の身体にリアルに入ってくるのですね。

 と、同時に金縛りになって息もできなくなって、

 「こっ、このやろ~、何者やねん!!」

って心の中で叫んでたのですが、息が出来なくなりまして、いったん意識をなくしてから目が覚めたのです。

 相当気持ち悪かったので、その時のことは鮮明に覚えてます。

 

 今思うとね、地獄界とつながったようなのですね。

 筆者が思ってる地獄界というのは、死後行くべきところに行くことができずに苦しんでる魂の世界で、絵巻物などに描かれている鬼なんていないのですよ。(別のところには、いるかもしれませんが…笑)

 

 少なくとも筆者の役割は、魂を救おうとして、あなたの苦しみはこれですよって、その魂にその人自身を映し出してみせてあげる役割。

 それがその魂にとっては、筆者が鬼のように見えたんですね。

 そりゃぁそうですよねぇ~、観たくないもの見せられるのですから。

 こういっちゃなんですが、一応天のお役割としてやってたのにねっ💦

 なんかね、相当嫌われ役をやってたようなんですね。

 

 ですが鬼にとってもこれは学び・修行になるようでして、それで地獄界で筆者も怒りをため込んでしまい、ほんまの鬼のようになってしまって、それをそのままどうやら深いところに持ったまま転生したようなのですね。

 

 おまけにですよ、筆者自身がこの世で地獄界を再現して体験してたのですねぇ。

 我欲に執着。

 我利我利亡者、地獄界の魂と同じことをやってるわけです。

 過去世では、僧侶に神官、修行者って一杯やってるのにですよっ。

 

 さあさて、今回こそはこの世で天界を目指して悟りたいと思ってたのですが、無理!

 そもそもそんなこと、もうどうでもよくなっちゃいました。一昨年あたりから。

 それでもまあ、何とかなるでしょう…って、今回の命がけの大ケガです。


 ケガして退院してきてから、ちょっとは分かりかけてることもあるのですが、うまく言葉で表現できますやら。

 帰結は「なにをやりにこの世に降りたのか」

 人生の意味、これですね。

 そもそも、問う対象からして間違っていたようです。(爆笑)

 続きます。(笑)

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単なる夢じゃなかったんだ!!

 人生、「もう、いいっかなぁ~」なんて思いながら、そこそこ一生懸命な数日があっという間に過ぎてしまいました。

 前回のブログで、39歳の時の臨死体験が一つのきっかけになって、よりいっそう一生懸命に生きることになったと書きましたね。 

 何者かに成っている!?

 

 筆者の臨死体験って、幽体離脱して自分を上から眺めていたとか霊界人と会って啓示を受けたとかって、そんな華々しい?ものじゃないのですよねぇ。

 自分的には、ちょっとお恥ずかしい… (苦笑)

 さあさて、どこから書きましょうかねぇ。

 

 母方の家系はいわゆる霊能系でして、筆者は子供のころから母親が何か言ってもフ~ンって聞き流す方で、あんまり信じてなかったのですよね。

 筆者は、まあ割とこの世的な観念にどっぷり洗脳されてた、どこにでもいる普通の子供で、特に何かが観えたり聞こえたりすることってありませんでした。

 まあせいぜい、勘のいい子と言われたくらいですかねっ。

 まあ確かに、生まれたばかりの頃は色々見えてましたが(覚えてるのですよぉ)、それは何も筆者が特別じゃなくて、みなさまもそうだったと思います。

 

 そんな筆者が自宅でのある朝、焼け火箸がみぞおちに刺さった!と感じた瞬間動けなくなり、そのまま救急搬送されたのです。

 担ぎ込まれた病院のレントゲン室で言い渡されたのは、腸に五百円玉くらいの穴が空いてて、腹腔内に消化液が出てるので緊急手術ということでした。

 まあ痛かったですよ。

 今回の大ケガでもたいがい痛かったですが、内臓痛の痛みというのはまた格別な痛みの味わいがありますねぇ。💦

 この痛みを一度でも味わったら、切腹なんてとんでもなくできませんよ。(笑)

 

 それはさておき、その時にね『もれてるのは、その辺だけやで!』って大きな声がはっきりと聞こえたのです。

 それなら、切らなくてもいいやん。

 そう思ったものですから手術しない、といったのですね。

 そしたら筆者を取り囲んでる数人の医師が、「君、死ぬで!」って。

 それでも、頑として拒否してましたら、このまま何もしないで死なれると、病院が困るのやと言われまして、それもそうだなと納得はしたものの、やっぱり切りたくなかったのですねぇ。

 それで妥協案として、ギリギリになるまでこのまま置いてもらって、いよいよダメだという状態になったら手術してくれるようにお願いしまして、いつでも手術ができる状態で集中治療室で経過観察してもらったのです。

 で気が付いて目を開けると、ちょうど医師が上から筆者の顔を覗き込んでまして、「君の粘り勝ちやな…」と言い放ったのですねぇ。

 さて、問題はその集中治療室での間に見たことです。

 

 真っ暗な中に、巨大で鮮明なカラーの画面がありまして、そこには筆者がこの世に生まれてからのことが映し出されてるのです。

 のちに、これがかの有名な走馬灯だったんだ!って知ったのですねぇ。💦

 

 その映像のスピードは、べらぼうに速いのですが人生をもう一度味わってるって感じで、とにかく感覚・感情をリアルに感じながら見てたのですね。

 そして観終わったと思うと、筆者の左手に姿は見えないものの女性らしき存在が、

 『今回のあなたの人生での選択は ー中略ー 帰って来ても良いですが、もう一度しなければなりませんよ。今までの人生もそうだったでしょう』

 って告げるじゃないですか。 

 いったい何の話やねん!

 って、この時になって初めて自分が死のうとしてることに気が付いたのですね。

 それで、あぁ~、自分はこのまま死ぬのか…残った母親や兄弟たちは泣くやろなぁ~って、すぅ~っと意識が途切れ始めた瞬間、

 なんしにこの世に降りてきたんやろ?

 自分でも不思議なことにこんな思いが出てきたと同時に、

 これがなにをさておいても大事なことなんだ!

 って感覚がしてハッとしたのです。

 

 そしてこの世に降りてきたことの意味が分からないまま、帰るのはとても寂しいなぁ~、残念だなぁと感じながら意識が無くなり、目が覚めると先に書きました医師が上から覗き込んでいたのですね。

 でね、なんとなくですが、生きることを自分が選んだんだなって思ったのですね。

 

 でね、筆者は、変な夢見たな~ってとろいこと思ってまして、動けるようになってから会う約束をしてた女友達に電話したのですね。

 連絡もできずに、すっぽかしてしまったのですから。

 そして突然の病で入院してることと変な夢を見たことを告げたのですね。

 するとその女友達、すでに筆者の身に起きたこと全部知ってるのです!

 びっくりしましたよぉ~、目の玉飛び出そうでしたもんね。

 (以前から、うすうす変な子だとは感じてたのですが…)

 

 そして謎の女性が筆者に語りかけた「今回のあなたの人生の選択は…」って言いかけると、そこから先をその女友達がスラスラ言うではありませんか。

 なんで知ってるねん!って言うと、その女友達、寝てる間に勝手に涙が出てきて筆者と一緒に謎の女性の声を聴きながら「あぁ~、金澤さん、死ぬんだ」って思ったそうです。

 そこでやっと、あれは単なる夢じゃなかったんだ!!って悟ったのです。

 これをきっかけに、筆者は自分のいくつかの過去世を思い出すというか見えるようになりまして、おまけに過去世の記憶を共有する人との出会いが続いたのであります。

 もうそら、びっくり、驚きの連続でして、そして

 なんしにこの世に降りてきたんやろ?

 って思いが、一時も頭から離れなくなったのですねぇ。

 続きます (笑)

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何者かに成ってる!?

 昨日は久々に太陽を拝めて、一日気持ちよく過ごせました。

 みなさま、お元気でお過ごしでしょうか。

 

 このところ、自己評価とか自己肯定感についてちょっと自分を振り返っていたのですが、まあ、それに対してあんまり深く考えないというか、一生懸命にならずにそのまま「放置」してたんですね。(今もですが)

 

 それでなんとはなしにAmazonでおもしろそうな本が無いかな?とつらつらやってましたら、目に留まったのがこれです。

 

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 「あやうく一生懸命生きるところだった」 

 なんか題名からして笑えるし、一生懸命にならずに読めそうかな?(笑)ということで、さっそくポチッとして買って読んでみました。。

 内容は、期待通り笑えました。

      

 本の詳しい内容に関しては、Amazon見てくださいねぇ。もっとも、今売り切れのようですが…💦

あやうく一生懸命生きるところだった | ハ・ワン, 岡崎 暢子 |本 | 通販 | Amazon

 

 著者の方、深刻な生き方の悩みのはずだと思うのですが、非常にコミカルに描かれていて、深刻さよりも軽快さの印象が残る本でした。それに笑えます♪

 

 後半、自己肯定感について触れられているところがあり、ん~、ってそこは少し留まっていったんは、こころがまとまるまで、そこのところを眺めてました。

 著者は韓国の人なのですが、韓国で著名な仏教僧、法輪(ポニュン)和尚の講演内容について引用してるところがあったのですね。

 

「人は自身を評価するとき、たいてい良い方に評価しようとする。そして自尊心が低い人ほど好評化を与え、自身を過大評価する傾向にある」

 「自尊心が低い人たちは、自身を過大評価し、素晴らしい人間だという幻想を持っている。この幻想と現実のギャップが大きいほど、悩みも大きくなる。」

 「幻想の姿に自分を合わせようと抗(あがら)うことは好ましくない。幻想を捨て、ありのままの姿を認め、愛しなさい」

 

 しばらく経って著者と同じく

 ん~、なぁるほどなぁ…と共感したのでした。

 筆者は、万能感かな。随分と小さくなってしまいましたが💦

 

 確かに筆者、18歳で初めて大阪に出てきたとき、郷里の田舎と違って格段に広い世界と感じて、「自分は何者にでもなれる」って、なんの根拠もない自信にあふれてた感覚を思い出しました。

 で、あれから40数年経った今現在、確かに「何者かに成ってる」というわけですねぇ。(笑)

 当時の筆者は、お金儲けがしたかったのですが。💦

 その後、挫折なんて雨あられ。

 失恋、入試、離別に失業、病気、失望…

 もう、大分と免疫できてますよっ、多分。

 そこそこの年月重ねて生きてこられた方は、みなさん同じような体験されてると思います。

 

 その度に、「くっそ~、へこんでなるものか」って一生懸命にやって来て、ここに来てなんとなく「もっ、いいかなぁ~」って思ってしまったのですよね、これが。

 

 著者は、「ダメな自分を認めてから、逆に自尊心が向上した。」と綴ってます。

 

 筆者は今、へこたれた自分、へたれな自分を感じてるのが気持ちいいですねぇ。

 確かに、逆らいさえしなければね。(笑)

 

 一昨日の夜、食卓で一杯やってるときにね、「もっとゆっくりしたいなぁ~」って、ボソッと呟いたら、すかさず妻が「もう十分ゆっくりしてるやん!」って。(;^ω^)

 はい、不足を申し上げているのではございません。💦

 確かにおかげさまで、のんびりとした家庭生活をおくらせていただいております。

 いつも感謝しております。いつもありがとうございます! <(_ _)>

 (このブログ、妻も読んでますので、たぶん… 笑)

 

 いやいやそうやのうて、頭の中、気持ちのことやねんって返答したのですが、まあ、分からんやろうなぁ。

 ところでここまで自分を駆り立てる、もうひとつのきっかけがあったのです。

 それは39歳の時の臨死体験で得た、あることからなんです。

 これを語りだすと長くなりますので、次回以降にボチボチ書いてまいりますので、ご興味のある方はお読みください。

 それではみなさま、力抜いてボチボチ参りましょうかねぇ。

 とにもかくにも、今日も一日、笑顔と一緒に生きましょうかねっ。(ニヤリ)

 みなさま、いつもありがとうございます! (^.^)/~~~

 

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つられ笑顔

 昨日の投稿で、こんなこと書きました。

 『自分に手を合わせることは、ご先祖様(今いきておられる親も含めてですよ)をはじめ、宇宙のありとあらゆるものに手を合わせることになりますねぇ。』って。

 なんとなく読み返してましてね、なんかズズズ…ってきたのです。(パッとひらめいたわけじゃないのですよねぇ💦)

 

 気がつけよ!って? 自己肯定感 で書いた自己肯定感。

 

 自己肯定感を高めるのは、自分に手を合わせるって心だなと、スッとじゃなくってズズズ…ってゆっくり重くやってきたのですね。

 まあ、自分に対して「ありがたや~」って手を合わせるのは、さすがに変ですよね。しっくりきませんし。(筆者はね。 笑)

 

 だらしなくしてるときも、ボケて忘れ物した時も(笑)、どんな自分の時でも『宇宙大自然の営み=生命』と一緒なんだって気持ちで居たら良いんじゃないかと。

 

 じゃないか?ですよっ。

 なにせ筆者もこれからやってみるのですから、どうなるのか分かりませんし。(笑)

 でも、なんとなくうまくんじゃない!?って思えるのですよね。
 それもいつもいつもと一緒になんて努力しなくても、時折でいいと思うのです、忘れさえしなければ。

 

 でね、話は急に変わりますが、最近の筆者の流行りを開示しますね。

 この画像です。

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 この画像は、こちらのYou Tube動画からスクショしたものです。
 元動画

100年前の日本人の笑顔【カラー化・高画質化】

  人様が笑ってる顔っていいですねぇ~、こっちまで幸せで楽しい気持ちになれますもん♪

 この画像をデスクトップにおいてましてね、一杯やりながら一人一人の笑顔を見てると、筆者もつられて顔が緩んで「ニヤッ」っとしてる自分に気づくのですよ。

 これ、つられ笑いっていうのでしょうか。(笑)

 人に見せられませんけどっ。

 

 この子たちを見てると、自分が育った昭和30年代初めの頃を当時の感覚を伴って、ジワ~ッと湧いてくるんですね。

 こりゃたまらん…快感すぎます(笑)

 なんとも心が和むのですよねぇ。

 初老の筆者のこころにも、幼い小さな子供の心が宿ってる…

 みなさま、よろしかったらどうぞ、注意してマネしてくださいねぇ。(笑)

 

なんとなく良くなる 関係性の極意! 

 今週、2年ぶりでしょうか、四国の方が関西に出張で来たのでと、受診してくださいました。

  治療を終えられての受付カウンターでの話です。

 この方、ニコニコしながら「不思議だなぁ~」っておっしゃるのです。

 通院歴のある読者の方はよくご存じだと思うのですが、当院では、痛むところや症状の現れてるところには、一切鍼をしませんよね。

 症状は、他所に何らかの不調和があって、そこを調和に導けば、宇宙大自然の営み=生命力が発揮されて症状は自然と治まる…これが当院のポリシーです。

 こんなこと説明しないのにこの方、こんなことをおっしゃったのです。

 

 先生、仕事がうまくいかないときには、例えば仕事と関係ない妻と仲良くする、子供と仲良くするといつの間にか仕事もうまくいくってことですよね!って。

 

 もう、筆者はびっくりしましたよ。!(@_@)!

 この方、悟ったなぁ~って。

 凄すぎますよねぇ、関係性の極意を感覚で掴んじゃったのですから。

 

 そうそう、そうなんですよ!

 かつてこのブログでも書いてると思うのですが、身体はあらゆる関係性の交差点なんですね。

 あらゆる関係性ってことに思いを巡らすことって、自分がなんで今存在できてるのかって振り返ることですよね。

 

 親が居てそのまた親が居て…ご先祖様ですよね。

 亡くなっておられても、みなさまお墓参りとかお仏壇に手を合わせることってあるじゃないですか。

 そのような方々を思い浮かべながら手を合わせることは、自覚しようがしまいが、関係性を意識してるってことですよね。

 目には見えなくても、つながってる何かを感じておられるからだと思います。

 

 ましてや、この世のつながり。

 目の前の家族や友人。

 住んでる家や地域社会。

 その土地の空気。

 毎日食べる食べ物や仕事。

 春夏秋冬の季節の気の移り変わり

 月の満ち欠け…

 ありとあらゆるものの関係性の総体が、今の自分である訳です。

 そう思うとね、自分に手を合わせることは、ご先祖様(今いきておられる親も含めてですよ)をはじめ、宇宙のありとあらゆるものに手を合わせることになりますねぇ。

 大げさかなぁ。(笑)

 でも、ほんまです。

 ちょっと宗教チックな話になって参りましたが、東洋医学ってこういうことを語ってるのだと、今更ながら気づかされたのであります、筆者は。

 

 ですから何かうまくいかないことがあるとね(現象)、自分の周りを眺めてどこか不調和と感じるところに(本質)意識を持っていくのです。

 例えば、最近自分の部屋が乱れてるなぁ~とか、家庭内の雰囲気が重苦しいな~とか、なんか職場の〇〇と意見が合わないな~とかね。

 そんな些細なところに意識を向けて調和を図る。

 するとね、なんとなくうまくいくようになってくるのですよ、これが。

 筆者の書斎の掃除や片付けは、いつも妻がやってくれてますので、筆者はいつもおいしくご飯を頂くという調和を図っております。(笑)

 

 身体症状も同じなんです。

 腰が痛いからって、腰に問題の本質がある訳じゃないんですよね。

 これ、分かりにくいかもしれませんが。

 過去ブロブ『7.やる気はゆっくりと(3)』

に掲載してます図をご覧くだされば、いくらかイメージして頂けるのではと思います。

 

 前からまあまあ、気づいてはいたのですがね。

 ここに至って、はっきりといたしました。

 もうほんまに、患者さんに教えられてる毎日です。

 ありがたいですねぇ~。

 みなさま、ご自分を何より大切に致しましょうねぇ。

 そして、自分を取り巻く関係性に思いを馳せてみませんか。

 

 今日からしばらく、天気は下り坂ですね。

 雨は浄化。

 上から雨は落ちてくるのですから、筆者も頭の気を下ろして気持ちをゆったりとさせましょうかね。

 そして、 

 過不足なくおいしくご飯を食べて

 夜は気持ちよくぐっすりと寝て

 心は穏やかに和やかに保って

 病魔退散の真言です。(笑)

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気がつけよ!って? 自己肯定感

 ケガで病院から退院してきてからというもの、まあ様々なことに気づかされてます。

 とりわけ年初から臨床復帰してからというもの、みなさまから熱いポジティブなメッセージやびっくりプレゼントを頂戴してます。

 本当にありがたいことです。(素直な心で受け取っております。)

 

 が、ちょっと待てよ…

 

 なんかね、ムクムクっと湧き上がって来たことがあるんです。

 

 それはね、これだけみなさまから大事に思われてることが、現実の目の前に次々と現れてくるってことは、どういうことなんだろ?って。

 目の前に見せていただいてるのは…

 

 ひょっとして、ひょっとして、自己肯定感が低いから!?

  

 自己評価が低い、自己肯定感が低いからこそ、現実の目の前に、

 「それに気が付けよっ!」

 ってことで、天啓のギフト現象として現れてるんじゃないかってね。

 

 でね、自己肯定感が低いことと、筆者の心や気持ちと照らし合わせてみたのですね。

 筆者は、自分で言うのもなんですが物事に対して結構一生懸命になるのですね。

 むろん、鍼に関してはちょっとストイックなところもあったりして、初心者の方にはちょっと、とっつきにくかったかもしれません。

 (いやいや、とっつきにくいですよねぇ)

 

 ですが、自分の心の中に「これで良し」という満足感って、あんまりないのですよ。

 そら、少しの間は感じることはできますが、すぐに

 

「こんなことしてられへん、もっと、もっと…」

 ってまた追い求めて一生懸命になってしまうのですね。

 

 そら、一生懸命になれることがあるのは、幸せなことかもしれないのですが、この「もっと、もっと」って求める欲求ですね。

 この「もっと、もっと」っていう欲求は、ですよね。はっきり言って。

 

 これって切りがないなぁ~って、思ってしまったのです。

 仏教でしたっけ、「知足 足るを知る」って言葉がありますが、そんなのちょっとの間の話です。

 だってね、元々心の奥底に、自分が自分に対する肯定感が低かったとします。

 この低い肯定感を自分の外の物事で埋めよう、満たそうとするのですから、やってもやっても、そら満たされませんよねっ。

 満たされないのは、本当に満たしたいのは、自分が自分に対する自己肯定感なのですから。

 

 もうええ加減、疲れへん?

 って自分に問うと、「もうしんどいなぁ~」って本音が出てきてしまいました。

 さあ、どうしましょうかねぇ。

 自己肯定感を高めるしかないですよねぇ。

 

 よっしゃぁ~!

 じゃあ頑張ってセミナーか何か受けて学んで、自己肯定感を高めるぞ!

 って一生懸命に頑張ってしまうと、これまでと同じパターンになってしまいますよね。(笑)

 自己肯定感って、人に教えてもらうものじゃないですよねっ。

 

 さあ、どうしましょうかねぇ~。

 これまで、あまりというか、ほとんどやったことない方法が良いのでしょうねぇ。

  放置

 ボ~っと自分と向き合ってみましょうかね。

 

 気が付いたのですから、プカプカ浮いて流れに任せてみる…

 まっ、ぜいぜい目についた本でも読んでみよかって感じですかね。

 それしか思い浮かばないのですよね。

 今日は素晴らしく天気いいですねぇ。

 さあて、手始めにお昼の休憩時間、明るく元気で、ボーっといたしましょうかねぇ。(笑)

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