日々のしおり

東洋医学の考え方を、生活感覚にマッチして健康的に過ごせる目線で書いてます。すべてはバラバラではなく、繋がっている。全体性を大切にした治療を行っています。一の会鍼灸院、院長 金澤 秀光過去のブログ記事はこちらへ→http://iori-hermitage.sblo.jp/

【ブログ移転のお知らせ】

ブログ『日々のしおり』をご愛読下さり、ありがとうございます。

 

この度、「一の会 鍼灸院」ホームページのリニューアルに伴い、こちらのブログも新ホームページのサイト内へ移行させていただくこととなりました。

 

https://ichinokai.info/column/

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今後は、新ブログからの発信をさせていただきます。

(過去記事もすべてご覧いただけます)

ブックマークの書き替え等、お手数をおかけしますが、これからもどうぞよろしくお願いいたします!

 

一の会 鍼灸院 院長・金澤秀光 並びにスタッフ一同 拝

 

ichinokai.info

プチ花粉症

 前回の投稿から、もう1週間も経ってるんだ!って、びっくりしております。

 昨日は「鍼道 一の会」の臨床医学講座だったのですが、その前に朝の散歩に出かけました。

 暖かかったですねぇ~♪

 ところがです、太陽の光を浴びると、途端に頻回のくしゃみ。

 おまけに、鼻水も垂れてくるではありませんか。(笑)

 まぁ、プチ花粉症といった感じでしょうか、今年はケガをしましたので例年に比べて運動量は激減。

 にもかかわらず、お酒の量は減っておりません。💦

 まっ、こういったところにプチ花粉症の原因があろうかと、ひとり納得しつつ、ヘックション!! ってやってました。

 今は、全く大丈夫ですよっ、幸いにも昨日の朝だけのことですから。

 

 先週治療所にお越しになられた方々は、もれなく自然界の気に感応して、気が上に登っておられました。

 我々人間は、やはり自然の子だなぁ~と、しみじみ感じた次第です。

 散歩道の梅の花も咲き乱れて、春だなぁ~って、実感した次第です。

 

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 この季節は、自然界の気が下図のように万物に作用いたします。

 当然、人体にもです。

 

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 大地から空へ。(下から上へ)

 内から外へ。

 こんなイメージです。

 これから、桜のつぼみも膨らんで花開いていくのですよねっ。

 

 筆者、お酒飲んであまり運動らしい運動もしていなかったので、代謝が落ちて体内にたっぷりと体液をため込んでたのですよね。

 それが外に出て自然界の気に触れ、太陽の光を浴びて一気に体内にため込んでいたものが鼻から噴き出した! 花開いたといった感じです。

 これからいよいよ花粉症の季節になりますが、原因が「花粉に対するアレルギー反応」と思ってしまうと、解決方法はどうしてもお薬に頼らざるを得ませんよね。

 花粉症に対する詳しい解説と解決方法は、過去ブログに書いておりますので、よろしかったらご覧くださればと思います。

 自分で治せますよ、花粉症(1)

 

 また昔から人々はいかに季節の変化の節目を大切にしていたのか。

 人々が健康に生きていくために、いかに自然界の四季に寄り添って生活していたのかを、川村淳子先生が解説しています。

 このことは、現代でも変わらない大切なことです。

 併せてご覧くださればと思います。

 

blog.ichinokai.info

 

 

霊性と感応

 前回ブログ 感応と美意識 で、感応ということを書きました。

 感応する能力って、別の表現をしますと

 「霊性」

でもあると思うのです。

 このような表現すると、なんかあやしい……って思われるかもしれませんが、

 人間は万物の霊長ですからねぇ~、霊長。(笑)

 

 そして万物の……って言うからには、

 霊性は、万物に備わっている。

 ということになりますよねぇ。

 

 たとえ石ころ、ひとつにもです。

 大きいものだと、ご神体にもなってる磐座(いわくら)ってのもありますしねっ。

 地球も宇宙にも備わっていて、私たちはその小さな分霊ってことになりますね。

 そして万物は霊性を通じて、互いに複雑に繋がっている。

 

 つまりありとあらゆるものと、互いに感応しあっているってことになります。

 これ、話しかけたり音楽を聞かせると、植物がよく育つことは実験で確認されてますよね。

 ペットだって、言葉ではなく互いの霊性を通じて感応し合うからこそ、互いに大事な存在になってるのですよね。

 ましてや、人間同士なら、なおさらです。

 男女が互いに感応し合って、引き合うってのもそうですよね。

(戦争もしますけど… 笑)

 

 以前のブログに、「身体は、心と魂と自然界の気の交差点のようなもの」と書きました。意識が作る身体の痛み

 

  様々なものに感応して「美」を感じるということは、すでに自分に備わっているものに「美」を感じていることになりますねぇ。

 そして「美」に触れて魂が感動すると、心が洗われるだけでなく、その影響は身体にも、また周囲にも現れます。

 感動的な物語は、そこに人間の「美」を感じるからなのだろうと、筆者は考えてます。

 

 そして感動=こころが揺れ動きますとね、

 

 清くて軽いものは上に登り

 濁って重いものは下に降りる

 大自然の法則です。

 

 袋かビンに砂と貝殻を入れて、トントンと叩いて振動させると、軽い砂は上に浮き上がり、重い貝殻は下に沈みますよね。こんな感じのことです。

 

 するとエゴに隠れてた愛もまた、意識に上ってくると思うのです。

 少なくとも、表面の浅い意識と、深い魂との間のゴミのような余分なものは剥がれ落ちるだろうと思うのです。

 それが、感動した後に訪れる「心が洗われた」ような感覚だと思うのです。

 

 さあ筆者、ケガが全快しましたら、さしづめ山に登りましょうかね。

 肌に風を感じて山の匂いのする空気を吸って、

 耳に小鳥のさえずりや小川のせせらぎ、木の葉のすれ合う音を聞き、

 目に木々や草花を映して感応しまくりたいですねぇ。

 まっ、自分の感性しだいでは、日常のなにげないものにも「美」を感じて心を洗えるかもしれないですねぇ。(*^-^*)

 

 画像は日の出、直前のもの。

 ここ泉北の地から、東方、金剛山を臨んで。蔵出し画像です。

 夜明け前は、自然界の気がまだひそやかなのですが、日の出と共に地上界の気は一気に動き始めます。

  感動的ですなぁ……

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感応と美意識

 昨日のお昼休憩時に、川村淳子先生と淀川河川敷公園に散歩に行ってきたのですが、4月を思わせるような春爛漫といった陽気でした。

 上着を置いて出かけたのですが、袖をまくってしまいました。

 公園でくつろいでおられる方々のお顔も、晴れ晴れとした明るい笑顔があちらこちらで目に入ってくるので、筆者たちもついつられて、なにやらウキウキとしながら歩いてきました。

 

 前回のブログ、ほ~、罪悪感かいな(笑)でエゴと愛が調和するには、「美意識」がキーワードになるのではないかと、ひらめきで書きました。

 ですが、自分で書いときながら、この直感的に感じる「美意識」を言語化・概念化するのは難しいなぁ~と苦慮してました、実は。(笑)

 

 筆者のモットーに「心は安心を、体は充実を、魂は感動を志向する」というのがあります。

 この感動する感覚こそが「美意識」ではないかと思うのです。

 つまり

 美意識 = 魂意識 

だと思うのです。

 

 この画像はごく最近、たまたま帰宅途中でハッとして撮ったものです。

 ちょうど雨上がりでしてね、とてもきれいで感動的でした。 (*^-^*)

 

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 トボトボと下を向いて考え事してると、気が付かなかった光景だなぁと、ちょっと幸運な気持ちになりました。

 実際は、光の筋がたくさん出ていたのですが、映ってないのが残念ではありますが。

 

 みなさまも、日の出や夕焼けの美しさに心が奪われてしまったという経験をお持ちだと思います。

 この光景に触れて、「うつくしい」と意識に映し出してくれるのが「魂」なのだと筆者は感じています。

 

 目の前の現象に「感応」してるのが魂。

 

 自分自身に内包しているものと同じものが目の前に現れたからこそ「感応」してるのですよね。

 すると、みなさまもご経験があると思います。

 

 心が洗われた

 

という経験です。

 

 つづきます。(*^-^*)

 

 画像は、日の出前の早朝散歩時の時のもの。

 神秘的でした。

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ほ~、罪悪感かいな(笑)

 いきなりですがみなさま、罪悪感って日々感じておられます?

 筆者は、まあ、なんかうしろめたいなぁ~って思うことは時々ありますが💦、罪悪感ってそんな重い感じになることは、あまりないなぁと思ってました。

 が、それについてまざまざと感じさせられました。

 スタッフの江見木綿子先生が、「鍼道 一の会」の年会員専用サイトで紹介していたのこの本です。

 いつも自分のせいにする罪悪感がすーっと消えてなくなる本

 

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 当初は筆者、罪悪感なぁ~、そんな重い十字架のようなもの、背負ってないよなぁ、な~んて思ってたんですよ

  ですが、江見先生はサイトの中で、

「自尊心を高める本とか、ポジティブ思考になれる本とか、今までそのような本を読んでみてもあんまり腑に落ちなかったんですが、今回は響くところが私は多かったです。」

 と書いてるので、おぉ~、自己肯定感→自尊心につながるではないかと思い、筆者も早速買い求めて読んでみたのでした。

 

 読み進めてまして、筆者にとって「罪悪感」ってそんなにピンとこないというか、自分とは違うなぁ~て思ってたんです。

 が、後半になって「ガビ~ン!!」って感じで、突然響いてきたんですよね。

 ちょっと驚いた!!

 って言っても、言い過ぎではないですね。

 

  どういったところが響いたかって申しますと、親との関係について触れているところでした。

 筆者は、親の期待に応えるような生き方が出来ていないことが、どうやら罪悪感となっていたようです。

 もうすでに筆者の両親は居ないにもかかわらず! です。

 そら一生懸命頑張っても、埋まらないですよね。

 そこに気が付いただけで良いと思うのです。

 一生懸命にならない、といいますか。(笑)

 これから起きてくる現実の中で、「自分が受け取る」ってことを意識しながら生きていけばいいのですから。

 これだと、楽ちんですなっ。(笑)

 

 子供の頃、親に認めてもらうことがどうやら自己肯定感の礎になるようですね。

 どんな状態でも、無条件に親に受け入れてもらえるという安心感。

 

 逆に親が子供に厳しく、否定的であると子供は認めてもらおうと一生懸命になってしまうのですね。

 そうか逆に、グレて暴力的になるか、引きこもって親に反抗するかですね。

 

 どうやら筆者は、前者だったようで、この歳になっても親のエゴに応えようとしていたようです。

 いい子でしょう。(笑)

 親子のむつかしさは、親のエゴと愛とがないまぜになってることでしょうか。

 子供は、それをはっきりと判別できないのですが、子供が成長するにつれて親のエゴと愛を判別できるようになれば、適切に親との距離を保てるようになり、ひとりの大人になっていけるように思うのですが、どうでしょう。

 

 親も子も、互いに「愛」は、無いはずは絶対にない。

 ただ、エゴに隠れて見えなくなってるだけ。

 

 これは筆者の信条でもありますし、これを頼りに現実の問題解決に対応してるってところでしょうか。

 自分も相手もだれしもが、純粋な魂をそのまま内包している。

 ただ、エゴによって隠れているだけ。

 でも、エゴを悪者にする必要もないと思うのです。

 エゴもまた、自分の一部なのですからねぇ。

 そうするとですね、親だって自分の「愛」とエゴの葛藤の中で生きてきたことになります。

 むろん、筆者自身もです。

 さあ、どのようにして調和がとれた統合を図りましょうかね。

 

 キーワードは、

 「美意識」

 ではないかと、今朝ひらめいたのです。

 少し、自分の中で温めてみます。

 

 

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現金書留と自己肯定感

 先週末、筆者宛に現金書留が届きました。

 あまりにうれしかったので、シェアさせていただきますね。

 

 驚いて封を切ると、なんと母娘連名のお見舞いでした。

 今回の筆者の大ケガを知った、郷里での患者さんからの贈り物でした。

 

 この方々、30年前、筆者が開業してまだ間もないころに家族ぐるみでよく通ってきてくださってたのです。

 電話を入れると、筆者が大ケガをしたことを知って送ってくださったようで、色々あったなぁと、しばし思い出に浸ってしまいました。

 

 当時、娘さんは20代独身の会社員。

 愛くるしい、かわい~いお嬢さんでした。

 理由なく会社に行けなくなって、自宅にこもるようになっておられたのですね。

 むろん、身体症状もありました、背骨の中を虫がはうような蟻走感とか。

 いろいろと話を聞いていると、中学生の時は、すでに自分がやってることや人と関わってるときに現実感がなかったと言います。

 いわゆる離人症の症状ですね。

 離人感・現実感消失症

 

 会社には行くことができなかったのですが、筆者の治療所がご近所ということもあって、よく通ってくださいましてね、次第に外に出て軽い運動もできるようになっておられたのですね。

 ところがある日、お母様から連絡があったのでした。

 あんなに素直で良い子だったのに、先生のところに行くようになってから、大声で親に反抗する上に暴れるようになったと。

 そら、すさまじい状況だったようです。

 

 本人からも連絡がありまして、金澤先生が迷惑がっているから来院しないようにと言われたのですが本当ですか?というものでした。

 

 当時筆者は、ご家庭の中で起きてることを知る由もなかったのですが、彼女が来院するたびに、よ~く話を聞いてあげたものです。

 私は洋服ひとつ選ぶにも、自分で決められないほど自分がなにを感じているか分からず、なにもかも親に決めてもらっていたと話してくれます。

 あぁ、遅い反抗期なのかなとその時思ったものです。

 そして筆者は、この方々について行くしかありませんでした。

 

 そのうち次第に会社に行くことができる日も増えてきたある日、恋人ができたと嬉しそうに話してくれたのですね。

 それからですね、状況が一変したのは。

 恋愛は、どんなセラピーよりも効果的と聞き及んでましたが、この方の場合、そのまま当てはまったようです。

 恋人を伴って受診してくれたこともありました。

 が、当然、筆者からも次第に離れ、結局この方と結婚されてご家庭を持っておられます。

 

 その後お父様をお見送りされ、お母様は現在80歳を超えられて今なおご健在のご様子。

 

 ちなみにお父様、深夜、意識を失って倒れられたとき(呼ばれて往診に行ったのですねぇ)、筆者の鍼で蘇生したのです。

 駆けつけたとき、廊下の上にあおむけになって倒れられてまして、筆者は正直「なんで救急車呼ばへんねん!」と思ったのですが、とっさに玄関から上がり込んで脈を取ってしまったのですねぇ。

 ほとんど触れるか触れないかの脈でしたが、鍼をすると脈力が出てきたので助かると判断してその場を辞したのです。

 翌日お伺いした時には、はっきりと意識は戻っておられまして、大きくてとてもきれいな三途の川に臨んでいたら、金澤先生の声が聞こえたので戻ってきたと話してくださった方です。

 三途の川向うは、とても魅力的な楽園のように感じられたそうですよ。

 なんか、色々思い出してきました。

 たくさんお野菜なんかも頂戴しました。

 このお父様、筆者が郷里の治療所を閉めて大阪に出る日、先生に命を助けてもらったと、餞別をもって駆けつけてくれました。

 そしてそれから10数年。あっという間に感じます。

 

 あの当時から長い年月を経た現在も、筆者のことをこころにとどめてくださってることに、なんとも表現のしがたい無量の感があります。

 すばらしいギフトを頂きました。

 ちゃんと受け取って、自己肯定感・存在感につなげなくってはねっ。

 気がつけよ!って? 自己肯定感

 

 そして改めて、鍼の学術・技能を高めていくことも大事なことですが、それ以上に良くも悪くも「関係性」の重要性を感じた次第です。

 

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人生があなたに問うている

 みなさまもかつて、自分が生きてることの意味について考えたことは、きっと一度はあると思います。

 むろん筆者もなのですが、大きなご病気をされたり抜き差しならない状況に追い込まれた時などには、「生きることの意味」は切実な問題となると思うのですが、いかがでしょうか。

 

 筆者は、今回の大ケガで2回目の自分の命を切実に感じたのですが、これまでにも家族や親族の死に触れるたびに「生と死」についていやおうなく向き合わざるを得ませんでした。

 

 今回退院して、なにげなくAmazonのほしい物リストみてると、随分前にリストに入れてる本がありまして、たぶん、いつか読もうと感じてたんでしょうね。

 それでもう一度内容をちゃんと確認することもなく、ポチッ、ポチッって流れの勢いで注文してしまったのですね。

NHK「100分de名著」ブックス フランクル 夜と霧 (日本語) 諸富 祥彦 (著)

 

 本の詳しい内容は、こちらで。↓

※今回の放送は昨年8月に放送したシリーズです。 フランクル『夜と霧』

 

 読み進めてまして、心が釘付けになってしまったところがありました。

 

 「人生があなたに問うている」

 

 これまで、生きる意味=なにをしにこの世に降りてきたのかを、ずっと自分に問うてきたのですが、人生が問うているのだから、あなたがそれに答えなさいって感じ取ったのです。

 筆者にとっては、コペルニクス的な大転換でして、自分の意志や都合とは関係なく動いてる地球次元のこの現実に対して、自分がどう受け止めどう答えて生きていくのかってことだと感じたのです。

 

 そう感じてから、目の前の現実世界が一変した!

 

 って言いたいのですが、相変わらず、な~んも変わりません。(大笑)

 まあ、これからなんでしょうねっ。

 相変わらずおんなじに観えるこの現実を素直に、正直に受け止めて、この現実にどう応えていくのか。

 

 一気に読み終えたのですが、読み応えありました。

 しばらく自分の中で今感じてることを熟成して、しばらく時間をおいてもう一度読み返そうと思ってます。

 

 みなさま、この本はお勧めですよっ。(^_-)-☆

 

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