いおり日記

大阪市淀川区 いおり鍼灸院 院長・金澤秀光が綴る東洋医学に関するよもやま話。  「心身一如」の古典医学に立脚し、個人の有り様と、人間を取り巻く環境との相関的視点から気ままに書いています。 過去のブログ記事はこちらへ→http://iori-hermitage.sblo.jp/

自己肯定感について

 前回までのブログ

 治めたいんだけど治まらない・・・(1)

 治めたいんだけど治まらない・・・(2)

 

 このところ、 ある患者さんとの会話を通じて感じたり思ったことを書いています。

 以来、自己肯定感について色々と考えてみました。

 

 

 この自己肯定感、ひとり瞑想などしながら、心の中でアファメーションを繰り返すことで培えるものなのでしょうかね。

 それも、ひとつの手だとは思いますが。

 筆者の、一面的な見方かもしれませんが、自己肯定感は個人と周囲の関係性の中で培われていくものではないかと思うのです。

 そういった意味では、周囲との関係性や場の状況ってとても大切に思えてくるのです。

 そもそも、自己肯定感とは、どんな自分も自分として葛藤なく受け入れる、いわば「あるがままの自分」を表現する受け入れ先があって、自然と育っていくものではないか、と思うのです。

 

 筆者の生まれ育った昭和の中頃、地方の田舎は、まだまだ閉鎖的な社会でしたが、その分、人との関係は濃密でした。

 冠婚葬祭は、近所の人が一緒になって家を貸し借りして行っていましたし。

 田舎だと、隠しようがないと言いますか、何かあるとすぐに周囲に知れ渡ってしまうようなネットワークが存在していました。

 村八分という特殊なこともあったようですが、大抵は良いことも悪いこともひっくるめて、それぞれの個性を発揮しながらお互い上手くやっていこう、みたいな村社会。

 酒席や祭りでいつもケンカはじめる人や、まじめにコツコツと働いているけどヘンコツな人や頑固な人、何かと世話好きな人・・・色々おりましたけど、当時の方は個性的でしかもよくぶつかっていたような記憶があります。

 でも関係性は、よほどのことがない限り壊れない。

 そんな関係性の中で、少々アホなことしてても、ちゃんと村の一員として認められているというのは、自己肯定感にも少なからず影響していたのではないかと思うのです。

 そういう観点からすると、自分が自分として「ありのまま」、「あるがまま」に表現できる場って、とても重要だと思うのです。

 近しいところでしたら、家庭でしょうか。

 筆者も、もっとやってみようかなと。

 妻に言わせると、多分、すでに「あるがまま」にしてるやん、って言われそうですが。