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いおり日記

大阪市淀川区 いおり鍼灸院 院長・金澤秀光が綴る東洋医学に関するよもやま話。  「心身一如」の古典医学に立脚し、個人の有り様と、人間を取り巻く環境との相関的視点から気ままに書いています。 過去のブログ記事はこちらへ→http://iori-hermitage.sblo.jp/

飮食の大事さ

つぼみ、ほころんできてますねぇ


 前回、食べ物の選択について書きましたが、今回は量について。


 毎日口にする飮食が、どれだけ大事なものであるかは、どなたも認識しておられると思います。


 現代は、少なくとも物質的には豊かな時代であることを、まずしっかりと認識してください。


 古来、先人が説いておられることで、現代まで一貫していることがあります。


 それは、『過ぎること』です。


 人は誰でも様々な「欲」がありますし、これはこれで大切なことです。



 例えば、食欲が無くなることは、即、生命の存亡にかかわります。


 しかしながら平常においては、どちらかと言えば『過ぎること』で心身を病むことが圧倒的に多いのです。


 誰でも、欲に従う 『もっと食べなさい・摂りなさい』 という言葉は、言いやすいものです。


 過ぎた欲を戒める言葉は、言いにくいものです。


 このことを心ある先人は、説き続けているのです。


 「腹八分、医者いらず」とは、あらゆることに通じる金言です。


 現代では、本来商品にならない『健康』が商品として売り出されています。


 不健康⇔健康という図式で、不安を創出するとそこに需要が生じます。

 何か特別なものを食べたからと言って、実現する健康状態など幻想以外のなにものでもありません。 

 一昔前の先人は、有機栽培・無農薬の食物を摂っていたではありませんか。

 それでも、病とは無縁でなかったからこそ、医学が存在し続けてきたのです。

 さらに、毎日心も体も、快調、快調、絶好調! なんてあり得ません。



 人は、快調と不調の間を揺れながら行き来する過程で、ときに病となりつつも、多くのことを学びながら生きるのが人生というものです。


 『健康』とは、人それぞれの生き方の反映であり、決してお金や物で買うことのできないものです。


 絶対的貧困の状態であれば、生き方もなにも無いのは当然ですが、現代は摂りすぎても不足することは無い時代です。


 この豊かな時代を享受し、豊かな毎日を実現するにはどうしたらいいのでしょうか。


 それに対して筆者は、『欲』は、使うものであって使われるものではない、ひとりひとりの心身の処し方に在ると思っています。

 このように書いてますが、なかなかこの『欲』というものは、制御しがたいものです。

 ただ大事なことは、病的・不調な状態になってしまったら、『過ぎること』と『摂する』ことの狭間に揺れながら生きてる、自分と向き合うことだと体験的に思います。


読者諸氏はいかがでしょうか。