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いおり日記

大阪市淀川区 いおり鍼灸院 院長・金澤秀光が綴る東洋医学に関するよもやま話。  「心身一如」の古典医学に立脚し、個人の有り様と、人間を取り巻く環境との相関的視点から気ままに書いています。 過去のブログ記事はこちらへ→http://iori-hermitage.sblo.jp/

けがれると、病気になる・・・

寒風にもかかわらず、咲こうとしているのですねぇ


 久々のブログ更新です。

 たまたまジョギングしている時に、「穢れ」って一体どういうことなんだろうと、ふと、思いまして。

 何かの本で「気枯れ(けがれ=きがれ」と書いてあったことが浮かんできて、どういうことを言っていたのかよく思い出せないのですが、とにかく元気が無くなることだったと思います。

 元気が無くなる=気枯れ・・・

 今さらながら、上手く表現しているなと感じたのですが、続いて「気枯れ=木枯れ」とも通じるな、と思い、どうなれば木が枯れるのだろうと、走るのを止め、しばし歩きながら考えてしまいました。

 ① まずは日が当たらないこと。 これは葉枯れから起こりますよね。

 ② 水分と肥料のやりすぎ。 この場合は、根腐れから起こりますね。不足しても枯れますが。


 人間だと、①は、昼間適度な運動などを行って活動しないこと。これは手足の気枯れになるのでしょうか。加えて、日が当たる=存在を認めてもらうことにも通じると感じました。

 ②は、文句なしに飲みすぎ食べ過ぎによる栄養過多ですよね。臓腑は、木だと根に相当するので、内臓の病は根腐れを起こしていることになります。

 とすると、周囲に存在を認めてもらえず、運動不足に栄養過多になると、穢れ=気枯れてくることになりますね。

 人間は、木と違って心で身体を動かしますから。

 意気消沈して元気が無くなったり、むやみやたらと感情をたれ流したり、反対に言いたいことをはっきり表現せず、感情を溜め込むと元気が無くなるので、やはり穢れ=気枯れることになってしまいますね。

 日本の文化は、穢れの思想というか、そういった感覚を持ち合わせているので、穢れることに関しては無意識に避けているのではと思うのですがいかがお思いでしょうか。

 と、いうのは、科学中心の世の中であっても、神社を訪れる人は後を絶ちませんし、年末年始や人生の節目に神社に参拝するのも、どこかこの自分自身の穢れを意識しているからなのではないかと、最近思うのです。

 となれば、やはり穢れを嫌い高潔を好むのが日本人なのではないかと。

 食事もまた、粗食であって粗食と感じないそんな感性があったように思えるのですが・・・

 今はグルメとか言って、無文化の多国籍料理が食卓に上っています。

 子供たちでさえ、外で遊ぶよりも室内でゲーム遊び。寒風の中、独楽回しや凧揚げなんて、めっきり見なくなりました。

 このようなことで、元気で過ごせるのでしょうか。

 穢れ=気枯れ・・・

 これだけではないかもしれませんね。

 鍼専門 いおり鍼灸院