いおり日記

大阪市淀川区 いおり鍼灸院 院長・金澤秀光が綴る東洋医学に関するよもやま話。  「心身一如」の古典医学に立脚し、個人の有り様と、人間を取り巻く環境との相関的視点から気ままに書いています。 過去のブログ記事はこちらへ→http://iori-hermitage.sblo.jp/

インフルエンザについて思うこと

 こんにちは。

 院長の奧さんです(自己紹介はこちらです)

 訪問して下さりありがとうございます(*^^*)

 

 今冬はインフルエンザが全国的に猛威をふるっているそうですね。

 

 すでにピークは越えたようですが、私の勤めている薬局にもインフルの患者さんがけっこう来られています。

 

 新薬の「ゾフルーザ」も処方されてます。

 

 先日、同じ職場の薬剤師さんが「すごいで、ゾフルーザ。半日で平熱に下がるらしいで。」って言ってました。

 

 いやー、すごいなぁ……本当にすごい。

 

 しかし、カラダ側からしたら、どうなんだろう?

 

 侵入してきた相手を見定めて、戦闘態勢用意、いざ開始!って、フルスロットルで戦闘モードに入っているのに、

 

 あれ?あれ?ウィルス消えちゃった?

 どうなってんの?

 急ブレーキ必要?どうする??どうしてくれるの??

 

 って、ならないんだろうか?

 私なら大いに混乱しそうなんですが。

 

 カラダは賢いから、最適な対処をしてくれてるのだとおもいますが、

 

 やっぱりちょっと怖いです。

 

 かつてタミフルの副作用(異常行動)が大きなニュースになっていましたが、あれももしかしたらその辺りが関係しているのではないかと、個人的には思ってます。

 

 そういえば、あるドクターによると、診療の現場において、インフルエンザに罹っても「クスリ要りません」という方が密かに増えてきているようですよ。

 

 私が子供の頃は、インフルエンザって言葉はあまり馴染みがなくて、流感(流行性感冒)って言ってました。

 今ほどインフル、インフルって騒がれてなかったと思います。

 

 東洋医学では、「かぜ」と「インフルエンザ」という区別はありません。

 インフルエンザといえども、風邪(かぜ)の一種として扱います。「傷寒」と呼ばれる病態が、インフルエンザの症状に近いです。昔から漢方薬や鍼灸を用いて治療が行われてきました。

 

 とはいえ、みなさんそれぞれのお身体の状態や、置かれている状況がありますので、ご自身が最も納得できる治療を選択していただくのが一番だと思います。 

 

 ちなみに、野口整体創始者の野口晴哉先生は、こう仰ってます。

 『風邪は自然の健康法である。風邪は治すべきものではない、経過するものである。自然な経過を乱しさえしなければ、風邪をひいた後は、あたかも蛇が脱皮するように新鮮な体になる。』

(著書「風邪の効用」より)

 

 風邪を引くことによって、体内のリフレッシュができると。

 

 西洋医学的に見ても、免疫部隊が活性化するので、体の中に溜まったゴミや、悪さをしそうなものたちも、同時にお掃除してくれるというわけですね。

 

 だとしたら、たまに風邪を引くのも楽しみになります。

 

 体の中を風(風邪)が通り過ぎていく。

 そしてインフルエンザはさしずめ〝嵐〟のような感じでしょうか。

 

 上手く経過した後の、台風一過のような青空をイメージしたいところですが、

 

 大切なのは、「風や嵐を自然経過させることができる身体の状態であること」なんじゃないかなと思います。

 

 本来の性能を遺憾なく発揮できる状態の身体かどうか。

 

 整備不良の船で、嵐に揉まれたら…って想像すると、怖いですよね。

 そんな状況でもちゃんと乗り切ることが出来る、

 大丈夫!って信頼できる身体づくりがやはり大切だと思ってます。

 

 ちなみに我が家では毎年、予防接種も受けないですが、誰もインフルに罹りません。

 

 もし、かかってしまったら、カラダの大掃除のチャンスかも!?

 その時が来たら、できるだけ自然の経過に沿って〝嵐〟が通り過ぎるのを待ちたいと思います。

 

 最後までお読みいただきありがとうございます(*^-^*)

いおり鍼灸院|大阪・西中島の東洋医学専門治療院

いおり鍼灸院

 

よろしくお願いします

こんにちは。はじめまして!

院長の奥さんです。

名前は、大上(旧姓)恵子と申します。

 

いおり鍼灸院に出ていることは少ないですが、裏方のお仕事(経理・ホームページの管理など)や、東洋医学鍼灸の勉強会「鍼道 一の会」の事務局の仕事をしています。

 

そして一人娘の子育てとパート薬剤師をしながら、主婦業やってます。

 

ちょこっと自己紹介をさせていただきますね。

 

1971年亥年生まれ。現在4*歳、しし座のA型。

大学卒業後は薬剤師として医療現場で約12年勤務。

初期の頃は、社会の役に立っていると信じて働いていました。

が、年数が経つにつれて現代医療に対する不信感が大きくなってきました。

何か他のことをしたくなり、アメリカの栄養大学の修士課程を学んだり、アロセラピスト養成校に通ったり、スピリチュアル系にはまったり…と、あれこれかじっていましたが、

30代になり、あることがきっかけで心が病むと同時に体を壊し、現代(西洋)医学の治療を受けました。

しかし、原因不明、治療法もない、薬を飲み続けないといけない…ということに嫌気がさしてしまいます。

何か良い方法はないか?と彷徨っていたところ、院長との出会いがありました。

 

そして院長の治療を受け、体も心も良くなったのです。

東洋医学ってすごい!と感動。

その後、院長のすすめにより鍼灸学校に入学し、在学中に結婚・妊娠・出産を経験。

ところが出産を機に、自分がそれまで築いてきた価値観が音を立てて崩れ、産後鬱に。本気で自死を考えるまでに病みましたが、主人をはじめ様々な方たちの支えのおかげで、何とか立ち直ることが出来ました。

 

現在、一人娘は9歳。

子育ても半分終わったのかなって思います。

長いようで、あっという間。人生も同じかもしれません。

 

自分自身のためでありますが、私が元気になることで、関わって下さる方々が より生き生きと輝けるようなお手伝いができれば嬉しい。そんな思いから、自分がこれまで経験してきたことや、日々感じていること、また気づいたことなどを、綴ってみたいと思いました。

 

ちなみに、勉強すること(インプット)は大好きなのですが、それを誰かに伝えたり、表現したりすること(アウトプット)が超苦手なんです。

今までほとんどしてきていないから、ですね (笑)

 

皆様のお役に立てるかどうか、挑戦してみたいと思います。

今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

 

最後までお読み下さり、ありがとうございました。

www.iori-hermitage.jp

剣と物部氏

 この日、最後に訪れたのは、石上神宮。

 葛木御歳神社の東川宮司のお勧めがご縁です。

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 東川宮司さんから、大量の剣が出土したと聞いていたせいなのか、またポツポツと雨が降って来たからなのか、鳥居の前に立つと何やら武のイメージが湧いてきました。

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 なんかこう、ずし~んとくる重厚な感じです。

 この神社、物部氏の氏神をお祭してます。

 物部氏といえば、神武天皇が奈良に来る以前からの土着部族で、おもに祭祀を主っていたと思い込んでいました。

 大陸や半島から仏教が伝来した時、仏教を取り入れようとした聖徳太子や蘇我氏と対立して物部の守屋は戦死したとの記憶があったからです。

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天神社から望む楼門

 楼門をくぐって境内に立ち入ると、そこはまた空気がガラリと変わり、さすがに鎮まった感じがしました。

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拝殿

 この拝殿の奥に本殿があるのですが、その間にある土盛りが本来のご神体だったそうです。

 この土盛から、大量の剣が発掘されて、残されていた伝承がほんとであったことが証明されたそうです。

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 同じ境内に七支刀(しちしとう)の写真が展示されてました。(国宝)

 ガラス越しに写真を撮ったので、後ろの景色が写り込んでますがそこはご容赦を。

 

 帰宅後調べてみると、神功皇后摂政52年に百済から献上されたとみえる「七枝刀(ななつさやのたち)」にあたると推測されてるそうです。

 当時から大陸との関係が、密だったのですねぇ。

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 帰りの参道で、ニワトリが放し飼いにされてることに気づきました。

 筆者の子供の頃も、祖父母がニワトリを放し飼いにしてたので、かつてののんびりとした時代の雰囲気を、懐かしく思い出しました。

 石上神宮、武、剣、鍼、一寸法師。

 筆者は、鍼灸師ですのでこんな連想となりました。

 さて、物部氏累代の祖霊神の気に触れて、鬼邪を追い回しましょうか。(笑)

 

神鏡に恋焦がれて(2)

 次に向かったのは、田原本町にある鏡作神社。

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鏡作神社 遠景

 名称からして、そのものずばり、といった感じですね。

 古代から鏡作りの部族がこの辺りに住居してたようで、江戸時代までこの地で鏡作りがされていたようです。

 かの有名な八咫(やた)の鏡、三種の神器のひとつです。

 このように立派なものが実際に見ることが出来るなんて、ほんと素晴らしいことです。

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八咫の鏡 裏面

 この鏡面が裏になるそうです。

 いかにも天照、太陽神のように見えますね。

 

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八咫の鏡 表面

 この写真、格子からの距離が短かったので、全体を撮影することが出来ませんでした。

 古代の鏡には、裏面に四神であるとか龍などの神獣が描かれていますので、おそらく鏡の裏表で神界と現界を現しているのではないのかなと想像してます。

 ですから、このように神前に鏡を置くことも、理に適っていると思えるからです。

 この鏡、古代の神事ではどのように使われていたのでしょうね。

 境内に石文がありましたので読んでみました。

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境内の石文

 最初のところに、「上代人が神の御魂の宿るものとして貴んだ鏡」とありますので、依り代として使ったのだと分かります。

 が、はたしてそれだけだったのでしょうか。

 興味は、尽きません。

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本殿

 そしてあでやかな本殿でご挨拶を済ませ、このあと、鏡とは直接関係ないのですが、石上(いそのかみ)神宮に向かったのでした。

 

 つづく

 

神鏡に恋焦がれて(1)

 御所市の葛木御歳神社とご縁が出来てから、加速度的に神道への興味が深まりまして、加えて古代人の生活や感性にも興味と空想が膨らんでいます。

 筆者は、学者ではないので、勝手な空想をここで書いても、許されるだろうと思うので、思いっきり妄想事を書いてみたいと思います。

 このところの筆者のこだわりは、古代人にとっての鏡の意味です。

 先月、葛木御歳神社で行われたセミナー、「かんながらへの道」の参加者の方からお聞きした金山神社、そして東川宮司からお聞きした八咫の鏡のある鏡作神社に行ってきました。

 当日、午前10時に到着すると、氏子の方々が正月にむけて、しめ縄を新しく架け替えておられました。

 実は、ここの神社の宮司さんにお会いしたかったのですが、あいにくかないませんでした。

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金山彦神社

 と、言うのは、神鏡作りの第一人者とお聞きしてたもので、古代人が鏡を神事に、どのように使っていたのかご意見を聞きたかったのです。

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あいにく、神鏡には布が…

 そこで氏子の方に、色々とお聞きすると、宮司さんは朝の一時しかいらっしゃらないとのこと。

 またここの神鏡は、世界一の大きなものと、誇らしげに語っておられました。

 

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境内の神鏡

 ここからもう少し奥に、金山媛神社があるので、そこへ行けば同じ大きさの神鏡が見れるとのことで、早速足を運んでみました。

 

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駐車場入り口

 

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金山媛神社

 神鏡、なんか日の出のようですねぇ~。

 この辺りは、古代の製鉄所、タタラ場があったようです。

 渡来人が多く住んでいたのでしょうね。

 氏子の方は、今でも堺から職人の方が度々参拝に訪れると話しておられたので、製鉄から農具や武具なども作っていたのかもしれませんね。

 

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世界一の神鏡

 古事記だか日本書紀かは記憶が定かではありませんが、近くの大和川の亀の瀬では、度々大規模な地滑り・崩落が起きてるようです。

 神武天皇も亀の瀬付近で往く手を阻まれ進路を変えて、龍田大社に立ち寄られたとありますから、きっとこの地にも立ち寄られたのではないかと空想してしまいました。

 ちなみに、龍田大社は、ほんと澄んだ気に満ち溢れている感じのところですよ。

 ご縁のある方は、立ち寄ってみられたらと思います。

 筆者の感覚では、金山彦神社よりも、ここ金山媛神社がゆったりとした気持ちになることができました。

 しばらくこの場の気を感じて、次の鏡作神社へと向かいました。

 あっ、そうそう、氏子の方が、帰りの信号では警官が隠れてみている所を教えて下さり、地元の者でもついうっかりして捕まってしまうので、くれぐれも気を付けるようにと教えてくださいました。

 なんか、氏子の方々の人情に触れることが出来て、あったかい気持ちにもなりました。

 

つづく

 

子供と鏡餅

 12月も半ばにさしかかって着ました。

 年末が意識に上ってくる時期になって参りましたね。

 お正月に向けて、お掃除やらなにかとこれからあわただしくなってきます。

 筆者が子供の頃は、親たち親戚が集まって餅を搗いていたのですがいたのですが、それにまつわるお話を。

 ある方の受け売りなのですが、なるほどと感じたのでちょっとシェアしますね。

 餅つきの杵(きね)は男性。

 臼(うす)は女性。

 杵を搗くのは男性で、臼をこねるのは女性。

 これが男女の役割で、お餅は子供なのだそうです。

 へ~、そんないわれがあるんだ…

 このお餅を神様にお供えして感謝するのは、夫婦でこしらえた子供ですから、鏡餅というのだそうです。

 そうすると、目の前の子供は、自分たち夫婦の鏡ということになりますよね。

 鏡餅は、それを神様にお供えして感謝する行事だったということなのです。

 ん~、子供が自分の鏡なのか・・・

 確かに…

 筆者にも子はおりますが、その所作を見て「確かに俺の子だ」と思うこともしばしばです。

 でしたら、子供の幸せを願うのなら、杵と臼、両親が阿吽の呼吸で調和してることが大切ですよね。

 お子さんの成長には、まずもって夫婦相唱和することが一番の栄養となると言う事で、筆者も心がけたいと思います。

 それでは・・・

予知は可能か?

 初めての問い合わせの電話で、いきなり「〇〇の病気なんですが、治りますか?」と聞かれることが度々あります。

 悩んだ末の発言だとは思うのですが、いやいやそれより先にまず、「なんでこうなったのかを知ることが先でしょう」って思うのですが、みなさまいかがでしょうか。

 

 当然のことですが正直に「わかりません」って返答します。

 だって、ホンマにわからんのですから。

 どこそこのツボを押さえたら治る、な~んてそんな簡単なものじゃないのですよね。

 そもそも、電話対応で「治ります」っていうのも無責任で安易だと思うのです。

 

 

 

 ところで予知は可能か? でしたね。

 病気が治るか治らないかにも関わることですよね。

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 湯沸かしポットにスイッチを入れると、近未来にお湯が沸くと予知することができますよね。

 それまでに、湯沸かしポットをコンセントを差し込んで、水を入れて蓋をして・・・そしてスイッチを入れてと、だんだんと結果に集約されてきますよね。

 一連の意識と行為の流れです。

 これが集約されてくると、かなりの確率で未来予知の確率は上がりますよね。

 何分か後にお湯が沸くって。

 高い確率の未来予知は、物事の流れが集約した先に見えてくるものです。

 ところがです、なんらかの事態で電気ブレーカーが落ちるかもしれませんし、停電という事態が起きるかもしれません。

 ひょっとして湯沸かしポットが急に壊れるかもしれません。

 未来予知に100%は、あり得ないわけです。

 

 それにそもそも、人はそんな単純な世界で生きて無いですよね。

 仕事や人間関係、家庭環境や気候条件、もうむちゃくちゃ複雑な関係性の上で生きてますよね。

 ちょっとした夫婦間のいざこざが度重なって、今の病を引き起こしてるかもしれないじゃないですか。

 

 受験だってそうです。

 一生懸命勉強して、模試受けて合格率が高くても、当日どんな人が受験するかもしれませんし、周囲でどんなことが起きるかわかりませんでしょう。

 確実に言えることは、今の自分が持ってるもので、やるべきことを一生懸命にやって、あとは任せるしかないと思うのですよね。

 病気治しも同じです。

 これまでの生活や心持を振り返って、改めることは改めて、いま辛くっても日々気持ちよく生きる。

 自分の心身の自然治癒力を信頼して任せる。

 これが一番だと思うのですが、どうでしょうか。