いおり日記

大阪市淀川区 いおり鍼灸院 院長・金澤秀光が綴る東洋医学に関するよもやま話。  「心身一如」の古典医学に立脚し、個人の有り様と、人間を取り巻く環境との相関的視点から気ままに書いています。 過去のブログ記事はこちらへ→http://iori-hermitage.sblo.jp/

神倉神社 熊野

 翌20日は、あいにく小雨ぱらつく天候となってしまい、伊勢への参拝は次回日を改めてということになり、このまま熊野でゆっくりと過ごすことに。

 コンビニで傘を買い求めて、いざ神倉神社へ。

 何とも趣のある橋を渡り、左手に曲がるとすぐに鳥居が見えます。

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 その鳥居の向こうには、いきなり急な石段が現れます。

 すでにお参りを済まされた方が、杖を片手にゆっくりと足元に気を配りながら降りてこられ、朝の挨拶を交わしながら行き交う。

 もうすでに気持ちいい感じです。

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 ご神体である磐座についた時には、汗が噴き出ていました。

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 この神倉神社の磐座は、もう言葉にできないくらいの圧倒的な静かな存在感。

 まさに鎮座という言葉がぴったりです。

 那智の滝は、動の自然神。

 神倉の磐座は、不動の自然神。

 いわば、陰陽関係の自然神のように感じています。

 これまで、何度も大きな地震があったはずです。

 それでも微動だにせず?有史以来ずっとこのままこの地にドッカと存在しているのってすごいことですよね。

 ご神前からは、熊野灘が眼前に広がります。

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 不老長寿の仙薬を手に入れると、秦の始皇帝を騙した?徐福は、実は亡命したとの説もあるようです。

 その徐福、この熊野の地にも流れ着いたとの伝説があるようです。

 このような徐福伝説は、全国各地にあるようですねぇ。

 

 なんにしろ、この地の気に触れるだけでもう十分。

 そして昇ってきた参道を、ゆっくりゆっくりと足を降ろしながら、ゆっくりゆっくりと味わいつつこの地を後にしました。(ほんまにゆっくりとしか、降りれません)

 そしてこれから、熊野速玉神社と、もう一度熊野本宮大社に立ち寄ることに。

                            つづく

那智大社 熊野

 そして19日(日)午後4時過ぎ、本日最後に参拝したのが那智大社です。

  十数年前、初めてこの地を訪れて、遠くから那智の滝を目にしたときに、白い竜が身をくねらせて昇っているように見えて、わが目を疑った記憶があります。

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 写真の風景、いかにも日本的情緒を感じさせると思いませんか。

 前回訪れた時は、滝つぼの近くまで行きました。

 その時に感じたのは、圧倒的なパワーでした。

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 写真は、筆者と愛娘の後ろ姿です。

 かつての時を懐かしいと思いつつ、今の幸せを実感した時でもあります。

 今回は、滝と少し距離が開いていますが、パワーを感じるには十分です。

 

 滝つぼの近くにまで行った時、水面から数十メートルのところまで、まるで球形のパワーの塊のようなものを感じて、自分の胸の鼓動が高鳴ったことを覚えています。

 動画で伝わるかどうか、ちょっと味見してください。

 今回は、時間が無かったこともあり、ご挨拶だけに済ませましたが、また改めてゆっきりと訪れたいところです。

 もちろん、神恩感謝のお礼は忘れていませんよ。

 

 そして時間が随分ずれてしまい、宿に連絡。

 宿は南紀勝浦の海に面した温泉宿で、海岸に面した露天風呂でまったり。

 

 熊野灘の潮の香、届きますでしょうか。

 愛娘は、卵の臭いのお風呂と、普段なら到底ありつけない夕食と朝食バイキングでご機嫌の極地。

 (普段、我が家は質素でございます。 笑)

 まあ、人霊となってこの世に降臨して、日も浅い9歳なので無理もないっか。

 

 旅程、少しほおばりすぎたかなと思いつつ、地酒と当地料理にまったりとしつつ、あっという間に眠りにつきました。

 翌日は新宮の神倉神社からのスタートです。

 

                  つづく

 

熊野本宮大社 熊野

 今回の熊野ツアーは、玉置神社を皮切りに次いで訪れたのが熊野本宮大社です。

 ここは10年ぶりくらいでしょうか。

 郷里、兵庫県福崎町の治療所を閉じ、大阪に出てきて間もないころに参拝してますので、思い出深いものがあります。

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 誰でもが経験するでしょう、未来に対する期待と不安の入り混じった何とも複雑な気持ち。

 何度振り返っても、命の根底に何か突き動かすようなエネルギーがあって、ここまで流れて来た、って感じですかね。

 なんとなくですが、我ながら不思議な感覚です。

 

 神殿の屋根、うつくしい…

 こちらでも、神恩感謝のお礼を宣べ、新たなる誓いを宣言して参りました。

 

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 なんか男性的で、鎮まった力強さの美を感じてしまいます。

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 参拝を終えると、もう午後3時。

 早々に退いて次の目的地、那智大社に向かうことに。

                         つづく…

 

玉置神社 熊野

 今月の19日日曜日、家族と一緒に熊野ツアーに行って参りました。

 まず最初に訪れたのは、奈良県十津川村にあります、玉置神社です。

 実に十数年ぶりです。

 最初の写真は、玉置神社の駐車場からの景色です。

 到着して、いきなりスッとしました。

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 遠景と近景、幾重にも重なる山々が雄大です。

 ここでバーナーで湯を沸かし、持参したおにぎりをほおばりながら、かつて訪れた時と今の状況を振り返ってみると、人生って不思議だなと改めて思ってしまいました。

 だってね、その都度計画を立てて歩みを進めてきたつもりですが、十数年前の自分が今日のこの日を予期して描いていたかどうか。

 否です。

 いろんなことがあって、出会いと別れを繰り返し、流れ流れて来たのが今です。

 いったい何が、どのような存在が自分をここまで運んできたのでしょうねぇ。

 筆者の座右の銘のひとつ。

 予定は、未定。

 これさえあれば、人生柔軟に楽に生きれますよっ。

 そして駐車場から一礼して大きな鳥居をくぐり、さらに進むとまた鳥居があり参道の雰囲気がガラリと変わりました。

 

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 なんとなく気が引き締まるで、ここからは不敬があってはならない感じがしました。

 途中で山の神を祭ってありました。

 

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 静か…の一言です。

 訪れたお社で、かつてこの地で立てた誓いを反芻して神恩感謝の気持ちを宣べ、また新たな誓いを立てて参りました。

 境内の裏手には、樹齢三千年と表示された杉の巨木。

 また会えた喜びに、しばし浸りました。

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 一切の説明など必要のない、圧倒的な存在感。

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 神武天皇東征の折、この地に立ち寄られたとのことですが、並び立つ巨木はそんな様子をひっそりと見ていたのかもしれませんね。

 この地の気に触れるだけで、もう十分な気持ちです。

 心も体もすっきりとして、ここから熊野本宮大社に向かったわけです。

                           つづく

生きようとする力

 大阪医療技術学園で、鍼灸医学を学んでおられる川村淳子さんが、昨日治療所で色々お話しさせていただいたことを、早速フェイスブックに投稿してくださいました。

https://www.facebook.com/junko.kawamura.90038?fref=pb&hc_location=profile_browser

 なんか、うれしくなってしまい、筆者も書きたくなりました。

 

 この時期、戦争の悲惨さを伝えるメッセージが多くなりますね。

 確かに、筆者も戦争には大反対です。

 ですが、開業当時(平成元年)には、まだ戦争体験をお持ちの患者さんがたくさんいらっしゃいました。

 暇なときには、よ~く戦争体験を聞かせてもらったものです。

 輸送船が魚雷で沈没して、海に浮かんでいるところをグラマンに狙い撃ちされた。

 激戦地で次々に仲間が弾に当たって、自分も中ってしまった。

 大陸で昼夜の行軍で中に、次々と人が倒れて置き去りになっていく。

 まだまだあります。

 筆者が出会った方々、遠くを見るように悲惨な体験を話されるのですが、それがだれ一人としてトラウマになっていないのですよ。

 むしろ、楽しげな様子なのです。

 10代から20代の青春時代を覆った、戦争。

 なんか、この人たちには、かなわないなぁ~と思ったものです。

 稻垣副院長の祖父も、通信兵として戦艦に乗って戦地に赴いておられます。

 話をお伺いしますと、悲惨な様子よりもむしろ青春時代の一コマを語るかのように楽しげなのですよ、これが。

 細くって小柄な人でしたが、こんな人には、かないませんよ。ホンマのところ。

 実母も、兵庫県姫路市の空襲で、辛くも生き残った内の一人でした。

 食べるものどころか水さえない。

 もちろん、寝るところもない。

 広島郊外の疎開先では、B29の飛来から原爆投下、きのこ雲、避難してきた全身やけどの人々。

 まだ幼い小学生だった母親が語る体験と光景から伝わってくるものは、やはり人が生きようとするたくましさでした。

 どんなことがあっても、生きる。

 人には、実はそんな力が秘められている…

 逆境が、その力を引き出してくるのでしょうか。

 どんな時代でも状況でも、人がたくましく生きてきた姿には、勇気づけられます。

 そのような報道も、期待したいですねぇ。

 

 川村淳子さんがシェアした「クローズアップ 現代」

 #あちこちのすずさん 庶民がつづった戦争の記録

 

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けがれと病

 8月7日は立秋でしたね。

 七十二候の初候は涼風至る、ですが台風の影響なのでしょうか、このところ朝夕が涼しく感じて、心身共にホッとしますね。

 

 この日は奈良県吉野の、みたらい渓谷に家族で日帰りで行って参りました。泉北の自宅から片道2時間のプチ旅行です。

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 渓谷の風は25度の涼風。

 水は限りなく透明でとても冷たく、空気も澄んで太陽の日差しも柔らかく感じました。

 都会の喧騒を離れ、日常から離れ、漬物と海苔の佃煮・ふりかけ程度の簡単なお弁当でお腹を満たしての川遊び。

 ここは携帯の電波も届かないので、電磁波フリーですね。

 このみたらい渓谷、ヘタな禊より、よほど清められた感じがしてます。

 

 禊・清め祓いと言えば、神道では、「穢(けが)れ」と言う言葉がありますね。

 祝詞(のりと)の中にも出て参りますよね。

 では、この「穢(けが)れ」っていったい何なのでしょうね。

 

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 よく「けがらわしい」(女子に、よ~く言われたもんです。笑)なんて言われますが、一説によりますと「気枯れ」が語源ともいわれています。

 

 元気が無くなること=気枯れ。

 

 そうしますと、ネガティブトークも「気枯れ」ということになりますね。

 病気なんて、まさに文字通り気が病んでいる状態です。

 気が鬱して伸びない。

 知らず知らず、口を突いて出てしまう否定的な言葉。

 「無理、出来ない」

 「面白くない」

 数え上げればキリが無いほどのセルフトーク。

 自分の生命の可能性を否定する思いは、創造主である神に対する「罪・穢れ」となってしまいますね。

 もちろん、人の気を犯す・奪う行為も「穢れ」です。

 

 この罪穢れを「祓いたまえ、清めたまえ」と神前で祝詞(のりと)申し上げるのですね。

 そしてまた、新たな気持ちで明るく生きていく。

 実はこれ、鍼灸医学では祝由(しゅくゆ)と称されています。

 

 鍼灸治療は、鍼という道具を用いて、この「気枯れ」の回復を図ります。

 もちろん、鍼だけではありません。

 言葉を言霊に変えて、患者さんの気を大きくポジティブな方向に導くこともあります。

 これを移精変気の法というのですが、その他さまざまな方法を用いて、病気=「気枯れ」の回復を図ります。

 もう、気が動いて良くなるのでしたら、使えるものは何でも使うというのが東洋医学の基本です。

 

 これが鍼灸医学の原点でもありますし、また現代によみがえる古代鍼法でもあります。

 それはともかく、鍼を行う術者が清まっていることが大切ですよねぇ。

 

 と、言うことで、また遊びに出かけます!

 

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金剛山

 先日7月31日(火)ひとりで金剛山に昇ってきました。

 動画は、登山時の帰り道の時のもの。

 沢を下る水音がとても気持ちよく感じたのですが、どうも動画音声ではうまく拾えて無いようです。

 気持ちよく流れる下りの登山道と、下る沢の水流の気のコラボがとても気持ちよく感じました。

 8月も、休みの度に山通いするつもりです。

 今日も暑いですが、この夏ももう少し。

 せっかくなので、味わい尽くそうと。

 いやしん坊です。

 

 

 

 

 この写真は奈良県側。

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山頂にある葛城神社の裏参道から、信貴山を望んで。

ここは、筆者お気に入りの場所でもあります。

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