いおり日記

大阪市淀川区 いおり鍼灸院 院長・金澤秀光が綴る東洋医学に関するよもやま話。  「心身一如」の古典医学に立脚し、個人の有り様と、人間を取り巻く環境との相関的視点から気ままに書いています。 過去のブログ記事はこちらへ→http://iori-hermitage.sblo.jp/

~のために

 生活のために、

 健康のために、

 子供のために、

 会社のために、

 友人のために、

   ・

   ・

   ・

 これせなあかん・あれせなあかん、こうあるべき…

 このようにおしゃる方、おおいですねぇ~。

 

 いいんですよ、人生、目的もって生きるのは。

 でもね、これって疲れません?
 それに、「~のため」ってどこか見返り求めますし。

 しんどくても努力してる姿を認めてもらいたいとか、

 感謝とかね。

 思い通りにならないと、腹立ちますよね、急にやる気なくしたりとか。

 あっ! これ筆者です。

 そうでない聖人のような方もいらっしゃると思います。

 

 また、目的や計画を立てることもいいと思います。

 が、一度立てたら早く忘れることですね。
 「捨てる」ということではないので、勘違いされないでくださいね。

 人生、予定は未定ですから。

 そんなもの、計画通りに行かないのが人生ってもんです。(分かったようなこと、書いてますねぇ~)

 

 目的に向かってまっしぐら…

 いいと思います。

 ですが、他の可能性が失われることもあると思うのです。

 目的に限局した生き方。

 個人の自由なので、筆者がとやかく言ことではないとは思います。

 が、「~のために」と思って一生懸命に生きてきて、

 最近、ちょっとしたことでつかれるなぁ~

 なんか人生面白くない、

 なんとなくむなしい…

 ホンマに、これでええんやろか…

 

 もしこんなふうに感じておられましたら、いっぺん手放してみるのもいいかもしれませんねぇ。

 いらんとは申しません。
 忘れるのがいいですね。

 どこか覚えてるもんですし。

 まっ、少なくとも「~のために」を、生きる言い訳にだけはしない方がいいと思いますよ。

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食と人生の運?

 東洋医学では、望診術という診察方法があります。

 顔のある部分に現れる特徴的な色や艶などで、精神状態や体調を診て判断いたします。

 「だまって座れば、ぴたりと当たる」と言われた観相の大家、水野南北という人がいたそうで、筆者も何冊か読んだことがあるのですが、なんと食べ物で人生が変わるという、「節食開運説」を説いています。

水野 南北 『日本霊能者伝』より 中矢 伸一・著 廣済堂文庫 1994年刊 


 その説が本当かどうか、筆者は確信的なことは言えませんが、さもありなんと思いますねぇ。

 少なくとも、人の運というものを左右する要因のひとつには、体調が大きく関わっていると感じるからです。

 水野南北や現代の食養家などのように、極端なことをしなくても、少し意識して節制するだけで、ずいぶんと体調も良くなるものです。

 またヨガ・仏教・山岳信仰の行者さんなどは、常人とは違った食生活を送っていることからも、やはり食はこころとからだにとって重要なのでしょう。

 「腹八分目、医者いらず」という言葉がありますが、これは個人の体験から来た言葉だと思います。

 この「腹八分目」、分かっていてもなかなか難しいですね。

 ちょっと意識して、まずは「腹八分目」で済むようになりたい…と願うことからでいいんじゃないでしょうか。

 禁欲的になると、また違ったところに心身の不調を来してしまいますのでね。

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節制と禁欲

 前回、「食と人生の運?」についてについて書きました。

 要点は、簡単です。

 「腹八分目、医者いらず」

 「禁欲的にならない」

 この2点です。

 が、節制となるとやはり、「がまん」という、このくそ恐ろしいパワーが必要になって参ります。

 程度の差はあるにしても節制となると、どうしても禁欲的要素が入り込みます。

 反対に、好き放題にしてると、これまた不調を来してしまいます。

 筆者も、た~んと覚えがあります。

 

 かつて食養で有名なある団体の講師の方が、過食症でこれまで何名かお越しになられていました。

 人前で食養を説いているのに、自分は出来ないという罪悪感や葛藤にさいなまされておられました。

 切々と、胸の内を吐露されてました。

 本当に、痛ましく感じて、筆者の胸まで痛みました。

 

 また一般の方の中にも、白砂糖にお肉は食べてはいけない、

 とか、陰性の食物も食べてはいけない、これもダメ、あれもダメなど、強い強迫観念をお持ちの方、多いです。

 頭に入った情報に、縛られてしまってしまってるからですね。

 このような表現は不適切かもしれませんが、洗脳状態です。

 臨床では、この洗脳状態から脱することも必要になって参ります。

 

 食養、やり始めた最初のうちはいいんですけどね、体調も。

 ですが次第にまた不調が現れてくるのですよ、これが。

 頭だけでの理解が、欲を一律的に抑圧するからです。

 そしてそのことに、気が付かない。

 欲を理屈で抑え込んだり、脅したりして抑え込むと、一時的には成功したかのように良くなります。

 ですが時間をおいて、今度は姿を変えてとんでもないモンスターとなって、思わないところから出てくるとも限りませんので、欲の取り扱いにはみなさま慎重になるのが良いと思います。

 これは食だけではありません。

 人間が持ち合わせている全ての欲についても、同じことです。

 それでは本日はここまでとして、また続きを書きますね。

 

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向き合うことと精神薬

 前回ブログ「精神薬にまつわるお話」 の中で、一旦服用を始めると次第に薬の種類も量も増えてしまうと書きました。

 筆者は、西洋医学の医師ではありませんので、臨床現場状況も詳しい薬理も分からないという前提でお読み下さればと思います。

 そうです、このブログをご覧頂いてるみなさまと、知識的にはあまり変わりません。

 みなさまと筆者の違いは、精神薬を服用しておられる方と仕事として接する機会が多いということでしょうか。

 

 筆者の元を訪れる精神疾患の方のほとんどは、良くなって来られますと薬物からの離脱を希望されます。

 薬を服用せず、日常生活を送りたいというのは、いわば当然の願いだと思います。

 

 離脱に成功した方々に共通した、離脱後の状態があります。

 それは…

 「はっきりする」 ということです。

 

 どういうことかと申しますと、うれしいこと・楽しいことは、よりうれしく・楽しくなるということです。

 逆もしかりです。

 不快は、よりはっきりと不快に。

 嫌なこと、腹立つことはよりはっきりと不快・腹立つようになって来た、とおっしゃいます。

 

 つまり、人間が生きていくための大切な大切な心の感覚が戻ってくるということです。

 精神薬で、物事の受け止め方や心の習慣は、変えることは出来ません。

 この、当たり前の事実に注目して頂けたらと思います。

 

 ほとんどの方が、目の前に起きている人生の諸問題を、この心の感覚を頼りに解決策や出口を探ります。

 もちろん、筆者とて同じです。

 腹立って怒るわけにもいかず、かといって腹に納まり切らないことっていっぱいあります。

 そんな時、苦しいのは当たり前です。

 お酒を飲んで憂さを晴らすこともあります。

 でも、やはり問題からは逃げられないものです。

 

 これらの問題を、服薬することによって先送りにすると、麻痺した心にエネルギーは、ドンドン蓄積され、次第に大きく鬱積していきます。

 そうするとこれを押さえるために、さらにお薬を増やさなくてはならなくなり、際限の無い悪循環となります。

 見方を変えますと、我々の目からすると、鬱積したエネルギーVS精神薬となってしまうのです。

 ですから、急に全廃すると、爆発的な症状悪化となって現れるのです。

 

 筆者は、精神薬そのものをとやかく言う立場にありません。

 投薬は、医師の専権事項です。

 ただ、我々東洋医学の臨床現場からみますと、精神薬はなんら本質的な解決にはならない、とお伝えいたします。

 むしろ、害悪の面がより強調されて映ります。

 緊急避難的に、精神薬が有効な場合もあるでしょう。

 みなさま、この点をよくご理解いただいて、ご自身にとって最も適した選択をなさってください。

精神薬にまつわるお話

 精神疾患で鍼灸治療を続けて頂いて、次第に良くなって来ますと今度は精神薬の離脱が課題になって参ります。

 その際、廃薬に向けて、精神科医の理解と協力が非常に重要なキーポイントとなります。

 当然、患者さんが良くなるという前提でです。

 現在、双極性障害で社会参加をリタイアし、当院を受診くださってる若い女性患者がいらっしゃいます。

 遠く関東から実家のある大阪に帰阪され、母親に連れられての通院で、引き続き関東でかかっていた病院からの紹介医療機関が、1か月の初診待ち。

 その間に、驚くほど回復され、ご自身の判断で徐々に精神薬を全廃。

 約2年間の服薬に、非常に短期間で終止符をつけられました。(なんと、12種類!も服用しておられました)

 そして紹介先の医療機関を受診し、現在良くなって服薬しなくても良くなってる状況伝えたところ、再発しないためにと精神薬を注射し、定期的に通院の必要性を説かれたと。

 患者さんは、このように医師に言われると、あの辛かった状態に逆戻りすることを恐れるのは当然です。

 その結果、また言われるがままに精神薬を続けることになります。

 それどころか、逆に次第にまた薬が増えてしまうことの方が多くなります。

 この点については、また改めて書きます。

 今回みなさまにお伝えしたいことは、再発するかしないかは、精神薬が決めるのではないということです。

 人は生きている以上、人生で起きる様々な諸問題に直面します。

 人は誰でもそのような諸問題に直面し、時に肉体的・精神的に様々な辛い状態や病に陥ってしまうことがあります。

 通常は、辛いからこそ、一生懸命に自分と向き合い、現実と向き合いながら解決の道を探ります。

 筆者も、そのような経験を何度も何度も経験しています。

 夜眠れない辛さは、解決すべき問題は不眠ではなく、現実の諸問題です。

 決して、精神薬の効能にあるように、脳神経や脳神経物質が問題ではないのです。

 ここを履き違えますと、生きてはいても足踏み状態のまま現実は過ぎて行きます。

 そうなると、ますます患者さんは追いつめられるようになり、出口が全く見えなくなってしまいます。

 不安だから、気分が鬱だから、眠れないからこそ、その背景に目をやり、一緒に解決の道を探ろうとするのが、本来の医療だと筆者は考えています。

 お薬を、否定しているのではありません。

 病とちゃんと向き合うことをお勧めしている次第です。

地震と身体、その対処(2)

 前回の投稿、<地震と身体、その対処(1)>

 試してくださった方、多数いらっしゃいまして、大変効果があったと好評でした。

 足の裏の湧泉穴への豆の貼り付け、試してくださいましたみなさま、ありごとうございます。

 豆も、大豆、えんどう豆、アズキ豆、ひよこ豆(初めて聞きました)、はてはローズクォーツなどのクリスタルを足裏・湧泉穴に貼ってお休みになられた方などがいらっしゃいました。

 ほとんどの方が、余震でも目が覚めずに、ぐっすりと眠ることができたとお伝えくださいました。

 筆者、ささやかながらみなさまのお役に立つことができまして、大変幸せな気持ちです。

 また本日受診してくださった方の中に、神戸で震災の体験をお持ちの方がいらっしゃいました。

 その方は、揺れの最中、瞬時に当時の記憶と空気の臭いなどが思い出されたとのこと。

 その後のちょっとした余震にも、ビクッと反応して起きてしまっていたのが、比較的楽に眠れるようになったと、大変喜んでいただけました。

 

 そこで、もっと筆者の医学分野で他に応用・対処法がないものか、色々と考えてみました。

 ひとつは、胸の閉そく感。

 もうひとつは、食欲減退もしくは胃もたれなどの痞えの対処法です。

 大きくポイント二つです。

 ①腹式呼吸に合わせて伸ばしたり緩めたりする。

 ②伸ばし過ぎて痛みが出ると、意に反して気が昇りますので、「いたぎも」程度に伸ばす。

 

1.胸の閉そく感の対処法

 大きく深呼吸しても、今ひとつ吸った息に満足感が無い時などにお試しください。

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1.仰向けに寝ます。

2.両手を組んで上の写真のように手のひらを外に向けます。

3.組んだ手のひらを上下左右に移動して、最も気持ちの良いところを探します。

4.気持ちの良いところで動きを止め、目を閉じてゆっくりと腹式呼吸をします。

5。気持ちよさが薄れてきましたら、一度組んだ手の指をほどいて、同じように何度か行います。

※組んだ手のひらを、頭の上まで移動しても構いません。

 心包経という気血のルートを通じさせ、胸にうっ滞した気を通じさせます。

 呼吸が通りますと、疲れにくく、心も落ち着きを取り戻します。

 

2.食欲減退、胃もたれ、便秘など、胃腸症状の対処法。

 これも足底に豆を貼る目的と同じで、胃腸の気を下に降ろすことを目的に行います。

 自分で行ってもいいのですが、できるだけ人にやってもらってください。

 自分で行いますと、気が自分の手と足に分散されてしまい、効果がうまく得られないからです。

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1.仰向けになり、ゆっくりと吐く息に合わせて全身の力を抜いていきます。

2.行う方は、まずそっと手を当て、ゆっくりと指先の方向に力を入れ、次第に下方向へと力の方向性を変えます。①の矢印方向

3.行う人は肩の力を抜いて、相手と一緒になってゆっくりと腹式呼吸をしながら次第に下方向に圧を加えていきます。②の矢印方向

4.行ってもらう方は、気持ち良いところに来たら、声掛けをします。

5.その位置で、しばらく大きく、ゆっくりと腹式呼吸をします。

6.気持ちよさが薄れてきましたら、今度は左右の足を替えて同じ手順で行います。

 以下の写真のようになります。

 受ける側の感覚として、ひざ下からむこうずね、足首の前の筋肉が伸びる感じです。

 これも、胃経と言う気血のルートを通じさせ、昇った気を引き下ろす働きをしてくれます。

 パートナーの方と、交互に行ってみられてはいかがでしょうか。

 それではみなさま、まだまだご不便なことも多いでしょうが、気持ちを明るく持って頂いて、元気よくお過ごしください。

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地震と身体、その対処(1)

 18日月曜の朝、大阪泉北の自宅の書斎で、大きな揺れを感じながらジッとして成り行きをみておりました。

 神戸の震災以来の揺れに、大変驚きました。

 被災された方、今もまだライフラインが回復しておられないみなさま、心よりお見舞い申し上げます。

 

 さて、まずは自然と人間の身体との関りについて書いてみたいと思います。

 すでに「梅雨の過ごし方」シリーズでは、湿気が及ぼす身体への影響を書いていますが、今回は地震の身体に及ぼす影響と対処法について書きます。

 

 まずもって前提となりますのは、自然界のエネルギ=気の動きと人体の気の動きはリンクしている・同期しているということです。

 自然界が暑いと、みなさま、どなたも汗が吹き出しますよね。

 違いは、暑さによって発病する人とそうでない方です。

 これと同じように地震という現象は、人体にも陰に陽に必ず影響します。

 

 まずは、地震という現象は、エネルギー=気の動きとしてどのようにとらえるのでしょう。

 ここは、易学からヒントを得て書きます。

 それは、地中深くにあるエネルギーが、大地を一気に貫いて天空に抜けて行くイメージです。

 私たちですと、カーッと怒った時の気の動きです。

 下から上に、一気に気が昇りますでしょう、あれです。

 

 筆者は、週に一度、鍼灸教員養成科で臨床実技を担当しています。

 そこで学生に心身の様子を聞くと、地震の影響がある人と無い人がいました。

 中には、地震後ぎっくり腰になった学生もいました。

 特に身体に影響がないと答えた学生の身体を、他の学生と一緒になって観察したのですが、やはり自覚は無くとも身体に影響ははっきりと現れています。

 筆者にとっては、当然と言えば当然なのですが、学生にとっては驚きの様でした。

 東洋医学では「驚くと、気は乱れる」と申しまして、トンチンカンな行動を取ったり言ったりするようになります。

 また「恐れると、気は下がる」と申しまして、腰が抜けて立て亡くなったり、場合によっては失禁してしまいます。

 今回の地震では、「驚くは恐いわ、どうしよう!」って言った感じではなかったでしょうか。

 恐れも、程度を超えますと気が激しく上半身に昇ります。

 しかも自然界の気も下から上へと激しく昇ります。

 これらが同期して、動悸・不安などや、足腰の軟弱、少しの段差でけつまずくなど、些細であっても多様な身体の変化が現れます。

 モデルになった学生によく聞くと、地震以来、漠然とした不安感に加えて、入眠に時間がかかるようになり、電車に乗ると、何となく吐き気のような気分の悪さが現れると言います。

 筆者の日常の臨床でも、同じようなことが起きてますねぇ。

 とりあえずご自分で、できることをお伝えいたします。

 ポイントは気を下げることです。

 図にありますように、足の裏のくぼみにあります、湧泉(ゆうせん)というツボに豆などの丸いものをテープで貼り付けてお休みください。

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 豆は異物ですので、人体はそれを嫌がり、排除しようとしますので人体の下部に気が集まります。

 そうしますと、肩や首が楽になりますし、よく眠れるようになります。

 さらには、詰まっていたみぞおちが開いてきますので、呼吸もスムーズになり、心や気持ちも落ち着きを取り戻して参ります。

 まだまだ復旧には、時間がかかるとは思いますが、みなさまどうぞ安全に、お元気でこの時期を乗り切ってください。

 

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